はたおとの里 よねざわ回廊
米沢織とは?
みなさん、こんにちは!
はたおととんとんです。
いつも当店をご利用いただきありがとうございます。
はたおととんとんです。
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突然ですが、「はたおととんとん」のことをより多くの方に知って頂きたい!という思いから、ブログを始めることにしました。
当店の商品情報はもちろんですが、米沢のことや和服にまつわる豆知識など、いろんな情報を発信していきます。
毎週金曜日に更新していく予定ですので、みなさん、是非チェックしてみてください。
初回は、当店の商品でも使用している生地「米沢織」についてです!
「米沢織」は、山形県の南方に位置する米沢市を中心に、その周辺で産出する絹織物の総称です。

江戸時代中期に、当時の米沢藩主・上杉治憲(鷹山)が、越後から織工を招いて、製織業を伝えたのが起源とされています。
伝統的な米沢織の特徴は、自然の染料を用いた「草木染」。紅花などの植物由来の染料で染め上げた、優しい風合いで有名です。

近年では、伝統的な絹織物だけでなく、コットンや化学繊維なども組み合わせた様々な生地が作られています。
その歴史に裏打ちされた高い技術は、世界的にも注目されており、海外の有名ブランドからの発注も増えているんです。
当店「はたおととんとん」でも、全ての商品で米沢織を使用。品質にこだわったラインナップになっています!
米沢織の歴史
米沢織発祥の地、米沢市は、山形県の南端、自然豊かな吾妻連峰の裾野に広がる米沢盆地の中心にあります。
米沢織の歴史は上杉藩を抜きにしては語れません。関ヶ原の戦いの後、上杉家は会津120万石から米沢30万石に移封されました。藩主・上杉景勝の側近で、大河ドラマでも有名になった直江兼続は、藩の収益拡大を図るため、織物の素材となる植物や蚕、染料となる紅花などの栽培を奨励しました。

そして、米沢織を産業として確立した江戸後期の9代藩主・上杉鷹山は、産業振興に力を注 ぎ、その一つとして、武家の婦女子に内職として機織りを習得させたといわれています。
さらに、養蚕業を奨励したり、本場・京都から織物師を招いて研究開発を行ったりしたことで 、物産産業が飛躍的に発展。
この時期に紅花や藍、紫根などの植物染料で糸を染めてから織る「先染」の技術が確立され、 出羽の米沢織として全国に知られるようになりました。
- 2019.11.01
- 17:21
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